「遊び」こそが、人間本来の力を発揮できる行為ではないか。
ディスカッションでは、そう思えるほど深く哲学できました。
ゲーム、レコード集め、植物栽培、なんでも良いのです。
その人が楽しくてイキイキしていれば。
不思議なもので「遊び」で培った『スキル』や『考え方』が、お金や仕事、はたまた家族や健康のゴールに役立ってしまうことがあります。
これが人生のおもしろいところですね。
くれぐれも注意したいのが、何かに役立てようと思って遊ばないこと。
そうなると、義務感が出てきてしまいます。修行になってしまいます。
楽しくありません。結果、続きません。
「何にも役にたたなくてもいいや。楽しければいい」
というおおらかな気持ちで純粋に遊んでください。
以下、感想をいただきました。
=== YTさん ===
久々にオフラインで行った立禅でパワーがモリモリになり、その後のゴール設定の見直しで良い感じの閃きが得られ良かった。
趣味の深掘りでは、自分が以前より続けている趣味が投資やビジネスにも応用が効く、活かせるという大きな発見があり、今日一番の収穫であったと感じた。
また、楽しみながら趣味で始めた事が結果としてビジネスやファイナンスに繋がった事例なども沢山知れたのが良かった。
=== Kotaさん ===
「遊び」がテーマの内容であった。講義内容でも触れていたように確かに人は「遊び」を通してビジネスに限らず多くのことを学無ことができると再認識できた。考えてみれば、人だけでなく動物全般も「遊び」ながら社会のルールや生きる方法を覚えていく。「遊び」とは生物にとっては一番エネルギーの高い状態、吸収率の良い状態で、学ぶことができる最善のことなのかもしれない。
一方で日本の少し古い価値観、常識という角度から見ると「遊び」は怠惰であり、勤勉や勤務することが最善というという極度的な偏見が根強くあるように思える。自分自身も「遊ぶ」となると、そういった考えが自分の中で0ではないことにも気づいた。(なんかサボってるみたいな感覚)しかし、本当にニュートラルな目線になった時に「遊び」程、素晴らしい学びのツールは存在しないかも知れないという風に考えることできたのは大きな収穫だ。
また前回に引き続き、ゴールの見直しの時間があった。今回は趣味のゴールについてだったが、思いつくものは全て過去から現状に至る中で触れ合った趣味にしか選択肢が無いという事実に気がついた。世界には無数に趣味があるのに、自分の世界の中だけの趣味に収まっているのは勿体無いようなことだと思えた。今回、3人でお互いの趣味を話し合ったが、自分とはまた違う趣味と世界観を知れて面白かった。もっと多くの人数でお互いの趣味の話をしたらより面白そうだなと思えた。
ありがとうございました。
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